2013年12月9日月曜日

海自のいじめ調査における誤解と真の問題点について

特定秘密保護法との関連で問題になっている海自の話ですが、どうも報道による誤解が大きそうなので、エントリーを起こしてみることにしました。

内閣府の機関「情報公開個人情報保護審査会」は3佐の異議申し立てを受け、海自の対応を審査。その答申が10月に出た。
「あれは『ない』書類」 直訴を黙殺、海自のいじめ調査


答申は情報公開・個人情報保護審査会のサイトに行けばPDFで手に入ります。「護衛艦「たちかぜ」の一般事故調査結果について(通知)」等の一部開示決定に関する件 というのが該当の答申ですね。


さて、何よりも注目するべきなのは、審査会では防衛省の非開示決定自体を批判しているわけではないと言うことです。

別紙1に掲げる文書(以下「本件請求文書」という。)の開示請求につき,別紙2に掲げる文書1ないし文書4(以下,併せて「本件対象文書」という。)を特定し,その一部を不開示とした決定については,諮問庁がなお不開示とすべきとしている部分は,不開示とすることが妥当であるが(P.1)

とあり、3佐の異議申し立ては「基本的に」退けられています。
(個人的な印象では、異議申し立て人の文章はかなり文言が強く、もはや感情のレベルなのではと言う思いも浮かんでしまいます)


また、アンケートの原本が絶対に破棄してはいけない性質のものかと言われると、それはどうかという感もあります。つまり、このアンケートは事故報告書の作成の過程で作成されたものであり、確かに保存した方が望ましいでしょうが、アンケートの結果が事故報告書に反映されているのであれば絶対に保存しなければならない性質のものでもないように思います。


また、海上自衛隊がアンケートの原本を破棄しなかったことにも注目するべきだと思います。組織ぐるみで隠蔽しようとしていたのであればアンケートはとうに破棄されていたはずで、破棄されなかったと言う事は組織ではなく、個人レベルで情報の取り扱い方が決まっていたことになり、自衛隊という組織の問題ではないとは言えそうです。


では、審査会が海上自衛隊を批判していないかというと、もちろんそんなことはありません。自衛隊が組織的に情報を隠したという点ではなく、むしろ、組織としての情報の取り扱い、情報管理の問題を強く批判しています。この点、特に重要だと思いますので、答申より引用いたします。


後日発見された文書は,いずれも,個人資料として保存されていた。行政文書ではないものの業務上一時的に使用するために個人的に管理される文書が存在することは否定できないが,処分庁は行政文書とは別に個人資料というカテゴリーを設けており,しかもそれが拡大解釈されて本来行政文書として保存されるべきものが個人資料とされる傾向があった。 (P.29)

従前,業務に関する文書の少なからぬ部分を個人資料として管理してきたことからすれば,実務を改めることは容易ではないと考えられる。意識の転換のための研修,個人資料の減少のための努力と職員間の相互の確認,そして開示請求を受けての対象文書の特定に当たっては個人資料も探索の対象とすること等を徹底すべきである。 (P.30)

海自の件を特定秘密保護法案に対する批判に結びつけるのであれば「個人資料と行政文書が区別できない状態で特定秘密も何もあったものじゃない」という話が適切な批判だと考えます。特定秘密の指定が文書に対するのであれば、「行政文書として保存されるべき個人資料」は特定秘密の対象とならないと考えますので、これでは特定秘密保護法の意味が無くなりますよね。


文書管理がなっていなければ、文書を特定秘密に指定する事などできませんし、特定秘密に該当する文書が外部に流出したことさえ把握が難しくなってしまいます。組織が存在しないと思っていた文書であれば、なくなったところで誰も気がつかないでしょうし。


最後に、答申P.32から印象的な文章を引用しておきます。いや、本当に多いんですよ。

もとより,処分庁又は諮問庁は,日々大量の開示請求や不服申立てを受け,その大多数の事案では的確に対応してきていると認められるところであるが,本件のような事態が起きると,情報公開制度の運用全般について大きな疑念を生ずることとなる。 

「防衛省が隠す体質なのか。けしからん」と思っている人に対して、審査会はこうも述べていることが伝わればいいなと願っています

9 件のコメント:

  1. > さて、何よりも注目するべきなのは、審査会では防衛省の非開示決定自体を批判しているわけではないと言うことです。

     ブログ主(bn2氏)が「防衛省によるアンケート非開示決定を審査会が支持した」と理解しているとすれば、それは答申書の誤読です。
     「答申書」20頁4~12行目にはこうあります。「処分庁(引用者註:防衛大臣)は…文書3(引用者註:アンケート)は,既に用済後廃棄され不存在であるとして,一部開示決定(原処分)を行った。」
     そして同16~20行目にはこうあります。「しかしながら,平成24年6月20日…原処分で不存在としていた文書3が発見されたことを受けて,諮問庁(引用者註:防衛大臣)は…原処分を変更し,文書3の…一部開示決定を行った。」
     すなわち、防衛省は当初「アンケートは存在しない」として開示しなかったが、アンケートが発見されたのを受けて開示したということです。裁判に例えれば、判決(答申)の前に「請求の一部認諾」があったから答申で触れられなかったというだけのことです。仮に防衛省が原処分を変更しなければ、アンケートの開示が答申されていたでしょう。「請求の一部認諾により当該部分の敗訴を免れた」、これが「何よりも注目するべき」ことなのでしょうか。いずれにせよ「実質敗訴」ではないのでしょうか。

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  2.  さらに言えば、「答申書」16頁16~21行目によれば、異議申立人は4種類の文書につき開示請求を行っています。
    ① 「たちかぜ」事故調査報告書((案)以下を含む全て。)。
    ② ①について,事故調査委員と内局担当部員との間での中身の調整に用いられた「案の案」「たたき台」のようなもの。
    ③ ①作成の過程で収集された「艦内生活実態アンケート」(「たちかぜ」乗員等を対象とした手書きのアンケート)
    ④自殺した1等海士の遺族に「たちかぜ」を見学させた時の模様をまとめた文書。
     これに対し、防衛省は①と④については文書を特定のうえ、開示しました。しかし②と③については、文書不存在として不開示決定を行いました。
     これに対し異議申立人は、①④については「ほかにも文書はあるはずだ」と争い、②③については「文書が存在するはずだ」と争いました。そして前述のように③については「請求の一部認諾」がされ、④については答申で異議申立人の主張が認められました。①②については防衛省の主張が認められました。ブログ主(b2氏)は「開示が答申された」ことを「防衛省の非開示決定が批判された」と表現しているようですが、この表現に従えば、④については「防衛省の非開示決定が批判された」ことになるのではないのでしょうか。また、③については「防衛省の非開示決定が批判された」のと同等ではないでしょうか。
     また、異議申立人と防衛省は言わば「2勝2敗」であり、「3佐の異議申し立ては『基本的に』退けられています。」とは言えないのではないでしょうか。
     さらに言えば、「答申書」を読む限り、異議申立人は文書の存否については争っていますが、「開示された文書の黒塗りの是非」については争っていません。答申は、①については開示された文書以外の文書は存在しない、②については存在しない、そして開示された文書の黒塗りについては妥当であると言っているだけです。③④については実質的に異議申立人の主張が認められているわけであり、また異議申立人が黒塗りの是非については争っていないことからすれば、「3佐の異議申し立ては『基本的に』退けられています。」とは言えないのではないでしょうか。

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  3. > 個人的な印象では、異議申し立て人の文章はかなり文言が強く、もはや感情のレベルなのではと言う思いも浮かんでしまいます

     「答申書」31頁8行目以下にはこうあります。
    「また追加調査報告では,当該事務官が文書3の存在を知った約1か月後には,海幕法務室事務官にその旨を伝えており,その場には他にも数名の職員がいた模様であるが,誰も上司や法務局に報告せず,また報告を指示することもなかったとしている。そして,同年6月18日の「たちかぜ」関連損害賠償事件の弁論期日において文書3の存在が大きな問題になったことから,海幕法務室事務官は横監事務官に文書3を隠密裏に廃棄するよう電子メールにより示唆したが,横監事務官は自己の権限で廃棄できない立場にあることから上司に報告し,同月20日に至って文書3の存在を公に認めるところとなった。なお廃棄を示唆するメールは後日海幕法務室事務官の指示により横監事務官が削除したとしている。…相談を受けた他の事務官らは報告を勧めるどころかむしろ廃棄を働きかけている。」
     このようなことをされたら、開示請求者(異議申立人)が「感情的になる」「怒る」のは当然のように思えますが、ブログ主(b2氏)は「この程度のことは怒るに値しない」というお考えなのでしょうか。

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  4. > また、アンケートの原本が絶対に破棄してはいけない性質のものかと言われると、それはどうかという感もあります。つまり、このアンケートは事故報告書の作成の過程で作成されたものであり、確かに保存した方が望ましいでしょうが、アンケートの結果が事故報告書に反映されているのであれば絶対に保存しなければならない性質のものでもないように思います。

     本件では、「アンケートが破棄されていないにもかかわらず、破棄されたとして隠されていた」ことが問題になっているのですが、上記のお話はそれと何か関係があるのでしょうか。「どうせ破棄しても問題ないものなのだから、破棄したことにして隠すのもそれと同じで問題ない」ということでしょうか。

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  5.  さらに言えば、「アンケートを破棄すべきか、残すべきか」を論ずるにあたっては、関連法令を踏まえた議論をしないと、単なる「浪花節」になってしまいます。
     本件に関連する法令としては、情報公開法第1条が挙げられます。

    第一条  この法律は、国民主権の理念にのっとり、行政文書の開示を請求する権利につき定めること等により、行政機関の保有する情報の一層の公開を図り、もって政府の有するその諸活動を国民に説明する責務が全うされるようにするとともに、国民の的確な理解と批判の下にある公正で民主的な行政の推進に資することを目的とする。

     すなわち、文書が保存・管理・公開されるのは、政府が国民に説明責任を果たすため、国民の「知る権利」に資するため、国民が行政機関をコントロールするためです。「公務員の業務の便宜」などは、それらに伴う「反射的利益」に過ぎないのではないでしょうか。「確かに保存した方が望ましいでしょうが、アンケートの結果が事故報告書に反映されているのであれば絶対に保存しなければならない性質のものでもないように思います」という言葉からは、アンケートなどは報告書作成という公務員の業務の便宜のために必要なものであり、業務が終了したら破棄してもいいのだ、といった理解が伺えます。たとえ報告書が完成しても、国民の側は「報告書の検証」のためにアンケート等の下資料を必要とします。すなわち、調査の過程で出てきた事実のうち、報告書に反映されたのはどれか、逆に反映されなかったのはどれか、反映されなかったとしたら理由は何か、事実の取捨選択に恣意的なものはないか…といったことを検証する必要があるのです。特に本件のような不祥事については、公務員の側に隠そうという動機が生じやすいので、国民のために検証のための手掛かりを残しておくことは重要と思われます。
     ブログ主がここまで考えたうえで発言されたのならいいのですが、そうでないのなら残念です。特に、後に出てくる「いや、本当に多いんですよ。」という言葉から、ブログ主が公務員であることが伺われることから、非常に残念です。

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  6. > また、海上自衛隊がアンケートの原本を破棄しなかったことにも注目するべきだと思います。組織ぐるみで隠蔽しようとしていたのであればアンケートはとうに破棄されていたはずで、破棄されなかったと言う事は組織ではなく、個人レベルで情報の取り扱い方が決まっていたことになり、自衛隊という組織の問題ではないとは言えそうです。

    「組織ぐるみで隠蔽しようとしていたのであればアンケートはとうに破棄されていたはずで…」果たして論理必然的にそう言えるでしょうか。「ある行為が為されなかった」理由としては、「することを欲しなかった」場合のほか、「したくてもできなかった」可能性が考えられます。仮にアンケートを破棄すれば公文書毀棄罪(刑法259条)に問われる可能性もあり、「したくてもできなかった」可能性があります。なお「答申書」を読むと、海幕法務室事務官は横監事務官にアンケートを破棄するようメールで指示したということです。自らの手を汚したくなかったのでしょうか。
     また、海上自衛隊はアンケートの存在を遺族(原告)側に隠しつつ、自らはアンケートに書かれている情報を活用すれば、「情報戦」で圧倒的優位に立つことができます。遺族(原告)側に対しアンケートに書かれた情報の利用を拒否しつつ、自らは情報を活用し、遺族(原告)を「返り討ち」にしようとした…。このような可能性を考えれば、「アンケートは組織的に隠蔽されていたが、今まで破棄されなかった」ということも有り得るのではないでしょうか。

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  7. > では、審査会が海上自衛隊を批判していないかというと、もちろんそんなことはありません。自衛隊が組織的に情報を隠したという点ではなく、むしろ、組織としての情報の取り扱い、情報管理の問題を強く批判しています。

     「自衛隊が組織的に情報を隠したという点ではなく」と言われますが、「答申書」31ページ23~25行目にはこうあります。
     「個々の職員の対応の問題にとどまらず,処分庁には組織全体として不都合な事実を隠ぺいしようとする傾向があったことを指摘せざるを得ない。」
     これは朝日新聞の記事にも引用されています。「意図的な誤読」「意図的な見落とし」と言わざるを得ません。

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  8.  さらに言えば、2012年8月4日付毎日新聞によれば、「04年に自殺した1等海士(当時21歳)に対する先輩の暴行について複数の目撃証言が記されていたほか、訴訟で海自が主張してきた内容と食い違う記載もあった。」「暴行を目撃したか尋ねる質問では、「04年6月ごろ/2曹が(自殺した)1士に/エアガンで」「ひんぱんに/2曹と士長が1士に/いろいろ」などと、数人の乗員が2曹による1士への暴行を目撃したと回答していた。訴訟で海自側は1士への暴行の存在は認めたが『立ち入りが制限されたあるいは人目に付きにくい場所、時間帯に行われていた』として当時は十分に把握できなかったと主張。一方、アンケートでは『艦橋で』『食堂』と多くの乗員が立ち入る場所で暴行が目撃されていた。」とあります。
     「アンケートの結果が事故報告書に反映されているのであれば絶対に保存しなければならない性質のものでもないように思います。」と言っておられますが、「アンケートの結果が事故報告書に反映されているのであれば」という前提がそもそも成立していないわけです。

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  9.  また、2012年8月5日付朝日新聞にはこうあります。
    「海上自衛隊の護衛艦『たちかぜ』の男性乗組員(当時21)が2004年に自殺した問題で、この乗組員が生前、同僚の一人に『艦内でいじめられている』と告白し、
    自殺の前日には『自殺する決心をした』と打ち明けていたことがわかった。 自殺直後に海自はこうした内容をこの同僚から聞き取り、文書に残して把握していたが、遺族が国などを相手に起こした民事裁判の中で開示せず、『いじめは自殺の原因ではない』と主張し続けていた。今年になって現役の3等海佐が内部告発をして文書の存在を指摘したため、ようやく7月に遺族側に開示された。 開示文書によると、この乗組員は自殺の1カ月前から『(先輩隊員に)いつもたたかれ、からかわれて何をしに艦に来ているのかわからない』と同僚に告白。 インターネットで自殺の方法を調べていることを明かしたうえ、自殺の前日には居酒屋で『自殺する決心がついた』と話したため、同僚は思いとどまるよう説得したという。」
     また、「(アンケートの中には)別の隊員を暴行したことを認めた上で、『いじめではない。これぐらいやって教えなければダメだと思う。若い者は甘い』とする回答もあり、艦内で暴行が常態化していた疑いも浮かんだ。」
     現にアンケート等に出てきた海上自衛隊側に不利な情報が事故調査報告書で削られるということが起きているわけですから、「アンケートの結果が事故報告書に反映されているのであれば絶対に保存しなければならない性質のものでもないように思います。」といった一般論・抽象論は空しいと言わざるを得ません。

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